野球を知らずに「グローブ」をつくるということ
ホーチミンから南西に約160km、車で約4時間。
ベトナム第5の都市、人口約110万人のCan Tohがある。
日本料理店はもちろん、ガーナにさえあった、
中華料理店、韓国料理店もないという街。
その街に住むわずか3人の日本人のうち2人が、
世界一グローブを供給している企業の工場で指揮をとっていた。
家族と離れ、数百人のベトナム人の若者とともに、生きる。
その方の溢れる情熱に胸を打たれた2日間。
複雑な型のグローブ。分厚い皮。されど、平均年齢20代の若者達が、ものすごいスピードと精度で、鮮やかに型を取り、ミシンで縫い上げ、刺繍をつけ、形にし、紐を通し、ハンマーのようなもので、微妙な形・柔らかさに型を整えていく。
ベトナムでは、野球の「や」の字も知らない人々がほとんど。
サッカーが大人気。レコンビンは大スター。
Shinji Kagawaも知っている。でも野球は見たこともない。
それでもその工場は、職場としてとても人気らしい。
工業化されたラインではなく、一つひとつ黙々と、彼らの手によって作られた、どこにも負けないクオリティのグローブがこのCan Tohから海を渡り、世界中にスポーツの楽しさ・夢を届けているということを想像すると、なんだかとても感慨深かった。
翌日、壮大なセレモニー、クニャクニャとしたダンス、
厳かなスピーチで幕開けしたそのイベントで
彼らは生まれて初めて野球の試合をした。
Can Thoチーム vs ホーチミン日本チーム。それと、混合チームでの試合。
この3ヶ月、この日のために毎週末練習をして、ルールを勉強することから始め、
正直まだルールはイマイチわからないことが多いけれど。
大概の青年達はサッカーシューズを履き、なかには裸足もチラホラ。
ルールも完璧にはわからないけれど、とにかく本気で試合をした。
自ら作ったそのグローブで、フライを無事キャッチした姿を見届ける度に、
ちょっとホッっとしてわーっと思わず拍手をしてしまう。
珍プレー、好プレーの数々 球場に終始鳴り響くバックミュージックと
アウトになる度にマイクから漏れる名実況の「アァ…オゥ…」というため息や
連呼される「ダッボーン〜!」(多分“打った〜”)
何より自分たちの作っているグローブが、人々に与えている楽しさ・喜びを
遂に体感した彼らと、プレイヤー以外の応援団社員、
アオザイを着て盛り上げてくれた社員たち弾ける笑顔を、
私はこれからもずっと忘れないと思う。
今日、野球が、グローブがもたらす出逢い、楽しさ、笑顔を
ほんの少しでも実感した彼らが、明日から一層、自分たちの仕事に誇りを持って、
やりがいを持ってイキイキと働き、もっといいモノづくりが生まれる
今日が、この地、彼らにとってメモリアルな一日になったのであれば
本当にステキで意味のあるひと時だな と。
試合後は、「1,2,3, Yo!」でひたすら333ビールを飲み交わし、
ウォータースライダーさながら スリル満点のバスで、
ガタンゴトン CanThoを後にした